ゴミ処理施設にて思うこと

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先日お引越しを完了いたしました。

このタイミングで完全室内飼いに無事に成功したように見える

うちの猫ちゃんたち。

慣れてきたら脱走ルートを探索し始めるんだろうなあ。

お外に行けないんだ。。。ツマンネ

猫ちゃんたちには可哀想だけど、

前のお家と違って交通量のある地域なので、

ごめんけどお家の中で遊んでね。

 

そんなこんなで、

お引越しの際に大幅な断捨離を決行いたしました。

捨てても捨てても長年使っていなかったモノが次から次へと溢れ出てくるので、

しまいには知り合いにトラックを借りて

自分たちで地域のゴミ処理場に持ち込むことにしました。

 

 

私の住む地域のゴミ処理場は大きな大きな立派な施設で、

業者だけでなく一般住民のゴミの持ち込みも可能です。(どこもそうなのかも…?)

燃えるごみの処理をする大きな穴?は覗き込むだけで寒気がする程の深さと高さと広さがあります。

そこに毎日膨大な量のごみが投棄され処理されます。

800度以上の高温で処理されダイオキシンも発生しないとのこと。

基本的に燃えるものならなんでもこちらで処理します。

そのほか、金属の部品のあるもの。

大型の家具や自転車など、あらゆるものを処理してもらえる施設になっています。

 

 

6月の蒸し暑い最中、汗ばみながらの作業でした。

長年の不要なものを無事処理できてスッキリとした気分で帰路につく中、

大きな大きなごみ処理場の外周をトラックで走っていると、

次から次にごみ処理業者さんのトラックや、

一般車両が処理場に入っていきます。

こんなに不要なものってあるんだ。

作って捨てる。

作って捨てる。

作って捨てる。

人間のすることって無駄なことしかないのかな?

先日公開しているブログ

現在の日本はペットとして好きな種類の犬や猫を増やし続け、

不要なペットは殺処分する。

増やして殺すのはお約束の人間のエゴ

という感想を書きました。

 

そして今回、ごみ処理場を利用して受けた感覚は

まさにその時と同じものでした。

捨てるのに作る。

殺すのに産ませる。

プラマイゼロです。

はじめからあるものだけ、

すでに存在するものを大切にすればいいだけではないでしょうか?

利益活動のためにそれらが当然のように行われることもわかります。

その恩恵を受けて生活していることも理解しています。

 

それでもやっぱり、

矛盾を感じてしまうのは私だけでしょうか?

新しくて便利なものに囲まれて、

快適に生活することに慣れてしまっている私たち。

その裏で膨大な「作っては消す」作業が行われています。

個人個人の考えは当然のことながら、

それを供給し続ける企業や団体、消費し続ける私たち。

ひいては社会全体でもう一度考え直さなければならない問題のような気がします。

 

伶花




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